Wednesday, May 25, 2011

今日5月25日、いままでの活動

えっ!もう25日???? 初日21日石巻入りしてからすでに5日も経ってるんだ~~。。

石巻専修大学とはいえ、テント場(正式には陸上トラックなんだけど、、、)での生活ではインターネットがつながらなく、ブログ書いていないとなんだかどれだけ日が経っているかもわからない。月曜日から現場に行き「肉体労働」を重ねていると、大変健康的な生活であるが、バッタンキュ~~の毎日でもあるので、なんだか、1日が早い。

毎日の様子を写真と一緒にお知らせしたいのだけれど、写真もうまく私のコンピューターにダウンロードできていないので、今日は、日時が前後するのですが、写真のあるほうから活動の様子をお知らせしようかな。

21日(土)は雄勝町荒(あら)地区へ、そして22日(日)は登米市にある柳津虚空蔵尊に寄り支援物資を届けてきました。すごく喜んでいただきましたよ~~~。(この様子は後日アップします。) 柳津虚空蔵尊のお寺さんのブログに皆さんからの支援物資のことがかかれていますので、ぜひみてくださいね。
http://kokuzouson.jugem.jp/?day=20110522


23日の月曜日からは3人で、泥かきボランティアを始めました。
3人一緒に行動するのが普通なのでしょうが、ここが普通でないかしまし軍団!
ボランティアでは5人から10人くらいのグループで、依頼のあった個人宅に伺い、そちらで泥かき、瓦礫移しをその日1日するのですが、各グループでリーダーさんを決めてその方の指示に従い動くとか。その活動の仕方を勉強するのに、石巻ボランティアバージン2人がいるのでその活動方法、リーダー術を勉強するため、3人別々に動くことを友が提案。「それがいい、それがいい!」と大賛同で3人分かれてボランティア行動が開始です。

いや~~~、3人3色。毎日「今日はどこだった、どうだった」と行き場所が違うと、その地域の被害の様子も違い、いろんな話が聞こえてきて毎晩お互いの報告に花が咲きます。もちろんボランティア友達も3倍の速さで増えていくので、まあこれも大きなプラスですね。

私のほうは23日月曜日は大変楽なお仕事で、正味2時間もない泥だしだったのですが、24日火曜日はま~~~大変。半分死ぬかと思ったよ。。。。。
「床下の泥だし」と書いてあるのですが、もちろん泥だしではあるのだけれど、大きなじゃりがしいてある床下だったので、実際は「泥、ヘドロつきのじゃりだし作業」となったわけです。何度も石巻と埼玉を行き来している方が、「今日はいままで一番大変な作業になるとおもうなあ。。。」との一言で、覚悟を決めた私でしたが、いやいや、、、60代の男性2人、30代、40代の女性1人づつの4人には「どこだ~~~20代、30代の働き盛りの男は~~~?!」と叫びたくなるような作業でした。最初はお話しながらの作業も、どんどん沈黙になり、黙々と砂利をほる4人。「これ、今日はおわらんだろうなーー。」と思いながらも、続けるなか、1時間ごとの10分の休憩がまちどおしい。
お昼が終わり、2時ころの休憩時にはもう「腰が、、、腰が固まってうごかないよ。」という感じでした。
皆さん同じなんだろうけれど、文句は出ず「もうちょっとがんばろうね」とお互い声をかけながらの作業でした。砂利の様子はこんな感じ。



この日、私が一緒にお仕事したのは、偶然私の出身地の富山県から方がいたり、また茅ヶ崎から1人でバスで7日目のけい子ちゃん(通訳の仕事をしてるとか)、そして埼玉からいらしてすでに何度も石まき入りして泥だしボランティアをしている田中さんでした。皆さんご苦労様でした。

この日の自衛隊風呂は最高でした。あ、、そうそう。ここ石巻市では自衛隊がお風呂を被災生活されている方々に提供していて、私達のいるところではボランティアにも開放してくださっています。
この自衛隊風呂がね~~、湯加減がサイコーなんだわ。野外銭湯とでもいう感じ。こちらはおんな風呂ぶろ。反対側におとこ風呂があります。
 ごめんなさい、写真が縦にできない。。。。感じだけでもわかって欲しい。

25日の今日のところは町が海に近くて瓦礫がまだまだ残っている大変なところでした。
こういった中で生活されている方々をおもうと胸が痛いです。ボランティアに「お手伝いさせてしまって申し訳ないです。」とおっしゃるかたがおおくてね。こんなの自分のお家のひとででなんてできないですよ~。お手伝いがいないといくらやっても終わらない。大変としか言いようがない状態です。
今日行ったお宅のすぐお隣が、こうです。。。。。においもするし、ああ、もっとボランティアの人数が増えるよう何か宣伝しないと。。。

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